第1章【2】



「桃太!朝だよ!起きて起きて!」
幼い声に呼ばれて桃太は重い目をゆっくりと開いた。目の前には莉世がいる。
「おはよう!桃太!」
莉世はにっこりと微笑えんだ。
カーテンが開けられた窓から入ってくる光がやけにまぶしい。
桃太は莉世に促され立ち上がり、目をこすりながら階段を降りた。
キッチンに入るとこびわが一瞬だけこちらを向き、何も言わずにすぐ背を向けた。
昨日まで垂らしていた長い髪の毛は無造作に一つ縛りにされている。
ソファで横になってもう少し寝ようと思いリビングに入ろうとしたが、莉世に阻止されたので桃太はしぶしぶキッチンを通り抜けて洗面所に向かったリビングに行くとテーブルには朝食が並べられており、莉世とこびわがすでに着席していた。
桃太はパジャマのまま朝食を食べた。顔を洗ったがやはり眠気は覚めない。
テレビにはどこかの国の、白髪の太った政治家が一生懸命熱弁しいている様子が映っていた。しかし、音声も聞こえない上にテロップも流れないので彼が何を話しているのか全く分からない。
「このおじちゃん何を話しているのかな?」
莉世はテレビを指さして聞いた。
正直言ってそんなこと聞かれても困る。桃太は茶碗を持ったまま何かを考える振りをしてこびわにチラッと視線をやった。一瞬目だけ目があった。
こびわはすぐに視線を逸らして莉世に向かって柔らかな口調で話しかけた。
「何だろうね。莉世は何を話していると思う?」
「うーんとね、宇宙に行きましょうって話していると思う!」
莉世は目を輝かせて答えた。
なるほど、子供は夢があって良いな。
宇宙について語り始めた二人を横目で見ながら桃太は一人で黙々と朝食を平らげた。
着替えを済ませ桃太は再びリビングに戻ってきた。
リビングに隣接しているキッチンでは莉世とこびわが楽しそうに食器の片づけをしていた。
手伝おうと言ってもどうせ突き返されるだろう。桃太はそう思いソファに腰掛け、付きっぱなしになっているテレビを何となく見つめていた。
テレビでは何かのRPGゲームの特集があっているようだ。
そう言えば、桃太はふと考えた。
たしか夢の中で指令をこなさなければいけないって言ってたな。指令ってなんなんだ。
桃太はリビングを一周見回した。そして思い立ったように立ち上がりキッチンから洗面所、浴室を見回った。
「何か探しているの?」
食器の片づけを終えた莉世が桃太のジャージの裾を引っ張り、聞いた。
「電話」
「電話?」
「おまえの部屋に電話はあったか?」
「無いよ。どうして電話を探しているの?」
「連絡がくるかもしれない」
「連絡ー?だれから?」
返答に困った。なぜなら誰から連絡が来るのか全く見当がつかなかったからだ。そもそも連絡が来るかどうかも定かではない。
「ねぇねぇ、こーちゃんの部屋に電話あるー?」
いつの間にかリビングにやってきたこびわに莉世は聞いた。
「電話?無いけど。どうしたの?」
「桃太が探しているの、誰かから連絡がくるんだって!」
こびわは莉世から桃太へと視線を移した。怪訝な表情で。
「連絡がくるって、誰からくるの?この世界に私たち以外の人がいるってこと?」
「わからん」
「わからないって・・・なによそれ。からかっているの?」
ゆっくりと吐き出されたその言葉は震えていた。
10秒ほど経ってこびわは両手で袴をぎゅっと握って下を向いた。
耐えがたい雰囲気になってしまったな。桃太はリビングを後にして根拠もなく玄関から外に出た。
相変わらずなにもないところだと改めて思う。
2階のベランダから見えた川が太陽の光でキラキラと輝いている。
川を眺めていると玄関から2メートルほど離れた場所に黒い小さな郵便受けがあることに気づいた。
郵便受けに近づき中を覗くと白い封筒が一通入っていた。
郵便受けから封筒を取り、封を切って中身を確認すると一枚の紙が入っていた。
桃太はそっとその紙を引き抜いた。
『新しい仲間を探せ』
手紙には黒い文字でそれだけが書かれていた。
仲間を探せってここでか?そう思った瞬間、家の中から驚愕する声が聞こえた。
何事かと急いでリビングに戻ると今までテレビがあったはずの場所に茶色いアンティーク調の扉が堂々と立っていた。
桃太は思わず息をのんだ。
「あのね!あのね!すごいんだよ!今ね、テレビがね、ドアに変身したんだよ!」
莉世は桃太の手を握ってピョンピョンと飛び跳ねた。
ソファに座っているこびわはまるい目をさらに丸くさせ、口をしっかり結んで絶句している。とても詳しい状況を聞き出せるような状態ではない。
桃太はゆっくりと扉に近づいた。
莉世も瞳を輝かせそれに着いていく。
「連絡が来た」
桃太はぽつりと呟いて先ほどの手紙を莉世に見せた。
「なんて書いてるの?」
「『新しい仲間を探せ』。たぶんこの扉の先に俺たち以外の人間がいる」
「そうなんだ!じゃあ行こうよ!」
莉世は待ちきれないと言う表情で扉を見つめた。
「待ってよ」
こびわが口を開いた。
「その先に誰か居るって、どうしてそんなことが言えるの?」
「じゃあどうしてこの先に人が居ないって言える?」
桃太は振り返ってソファに座るこびわに焦点を合わせた。彼女はとても困惑している様だ。
「それは」
「行ってみないとわからない」
「でも、戻ってこれなくなるかもしれないじゃない」
「どうせここにいたって暇だ、それにこの場所に好きでいるわけじゃない。だから戻ってこれなくなたって俺はかまわない」
桃太はこびわに背を向け再び扉に向き直った。そして金色のドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。
扉の先は真っ暗だった。なにがあるのか全く見当がつかない。
「おまえ達は好きにしろ。また戻ってきたときはよろしくな」
桃太は深呼吸をして一歩前に踏み出した。
その時。
「待って!」
莉世が後ろから桃太を呼び止めた。
「待って!僕も行く!」
そう言って玄関から大きな男物の靴と小さな子供用の靴を持ってきた。
「お外に行くときは靴を履かなきゃいけないんだよ」
莉世はにっこりと笑って桃太に大きい方の靴を差し出した。
差し出された靴を受け取り桃太はその場で靴を履いた。
「こーちゃんはお留守番する?」
こびわは30秒ほど考えてゆっくりと立ち上がり、玄関から自分の靴を持ってきた。
「やったー!みんなでお出かけだね!」
うれしそうな莉世とは反対にこびわは不安げな表情を浮かべていた。


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