店を出るとすぐそこに十字路があった。
左に行くとさっきまで人だかりができていた方。つまり、こびわ、莉世、桃太が出てきたドアがある方に戻る。
こびわは少し考えて右に進むことにした。
青年はその後をついていく。
「君はこの街に何をしに来たの?」
青年は聞いた。
「人を探しにここに来たの」
「この街で人探しか。どんな人?」
「それは、分からないの」
「知らない人を探しているなんて、変だね」
「あなたはずっとこの街にいるの?」
こびわは後ろをチラッと振り返って青年に聞いた。
「分からない」
「どうして?」
「気づいたらこの街にいたんだよ。今まで自分がどうやって過ごしてきたか、思い出そうとしても思い出せないんだ」
「何もかも?」
「いや、なぜか分からないけど6年前までのことなら思い出せるんだ。だけど、6年前から今現在までの出来事がどうしても思い出せないんだ」
こびわは足を止めて青年を見た。
「嘘みたいだけど、本当なんだ」
青年は笑った。
こびわは目を見開いたまま動かなかった。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
こびわははっとして、前を向いて再び歩き始めた。
「今日の賞品は女だ!しかも若い!」
酔っぱらった男が叫びながら店から出てきた。その後からさらに5、6人の男達が出てくる。
年代はバラバラだが、どの男も完全に酔っているようだ。
青年はとっさにこびわの手を引いて路地裏に隠れた。
「女なんて久しぶりだな!」
「さっき会場の前で賞品を見たがあれは美しかった!」
「今日のゲームは大盛り上がりだな!」
男達は口々に叫びながらガハハと笑い声をあげた。
「何かあるの?」
こびわは小声で青年に聞いた。しかし青年は答えない。
「女の人がどうかしたの?」
「この街は、ギャンブラーが集まる街なんだ」
青年は答えた。
「ギャンブラー?じゃあ、あの人達が言うゲームって言うのはギャンブルのこと?」
こびわは自分達が来た道を歩いてく男達を指さした。
「そう。昼間はそれぞれ飲み屋や小さなカジノで賭をしている。だけど、夜になるとこの街のギャンブラーはみんなある場所に集まるんだ」
「みんな?」
青年は頷く。
「普段のゲームとは桁違いの金を賭けるゲームが行われているんだ」
「勝ったらいっぱいお金がもらえるのね。」
「それだけじゃない。そのゲームはトーナメント式になっていて、優勝者には賞品があるんだ」
青年は一息ついた。そして話を続ける。
「ここ最近の賞品は高価な宝石だった。でも、今日の賞品は物じゃない。人らしい」
その言葉を聞いて、こびわは言葉を失った。
「さっきの人だかり、あの中心には君よりも若い女の子がいたんだ。その子が今日の賞品らしい」
「そんな」
「身売りされてここまで来たのか、連れ去られてここまで来たのか分からないけど・・・」
青年がそう言い終わらないうちにこびわは駆け出した。
「待て!」
青年はこびわの腕を掴んでこびわを止めた。
「どこに行くんだ!」
「どこって、助けに行くのよ!」
こびわは声を荒げた。
「どうやって」
「私もゲームに参加する!」
「勝てるわけ無いだろ。ここの人間は勝つためにいろんな罠を仕掛けるんだ。君がゲームに参加したところで勝ち目なんか無い。助けるどころか君が賞品になるだけだ!」
こびわは聞こうとしなかった。青年の手を振りほどこうとしていた。
「でも、そんなのおかしいじゃない!人が、女の子が物にされるなんて!」
「そうだよ」
青年は急に静かになった。
「この街の人間はおかしいよ。金に目がくらんだ人間はみんなおかしくなる。慈悲も、モラルも何もない」
青年は手に力を込める。
こびわは苦痛に顔をゆがめた。
「痛い、放して」
青年の耳にこびわの声は届かなかったのか、青年は俯いたままこびわの腕を放そうとなかった。
「お願い、やめて」
こびわはすがるように青年に言った。
それでも青年は腕を掴んだままだった。
「ごめんなさい」
か細い声だった。
その声にはっとして青年はこびわの腕を放した。
こびわはその場に崩れ落ちた。
「あ、その、ごめん」
青年はおどおどしながら、こびわに手を差し出した。しかしその手は払いのけられる。こびわは目に涙をいっぱい溜めて後ずさりをした。
「ごめん」
青年はもう一度謝った。
「君を怖がらせるつもりは全くなかったんだ」
こびわは俯いて静かに肩をふるわせた。
青年は何も言わずその姿を見つめていた。
「いじめちゃダメだよ」
背後から声がした。
声の主は莉世だ。その後ろには桃太も居る。
莉世は青年とこびわの間に入り込んで、よしよしとこびわの頭を撫でた。
青年はしばらく呆然としていた。
それから状況を理解したかのように頷いて、桃太に話しかけた。
「君達がこの人と一緒にいた人なんだね?」
「ああ、そうだ」
桃太は答える。
「そうか、良かった」
青年はうっすら微笑んで、その場から立ち去ろうとした。その時。
「待って!」
莉世が叫んだ。
「お兄ちゃん、どこに行くの?」
「どこだろう、分からない」
「お兄ちゃんは、僕たちと一緒に、帰るんだよ」
「どうして僕が一緒に?」
青年は驚いた。
「だって、お兄ちゃん、僕たちの仲間だもん」
莉世は言った。
「なんで分かるんだ?」
「桃太、なんで分からないの?」
莉世は首を傾げて桃太を見た。
こっちが聞いたのに逆に質問されても困る。桃太は思った。
「僕が仲間って?」
「お兄ちゃんはね、ぼくたちの仲間なんだよ。だから、一緒におうちに帰ろうよ」
青年は少し考えて、わかったと頷いた。
「僕にも帰る家があるなら、君たちと一緒にいこう」
「ずいぶんあっさりだな」
桃太はあきれるように言った。
「この街にはもう居たくないんだよ」
「ずっとここに居たのか?」
青年は首を横に振った。
「違うよ、気づいたらここにいたんだ」
「じゃあ、お前も俺たちと同じだな」
「そうか。君たちも僕と一緒なんだね」
あまり驚いていないようだった。むしろどこか安心しているように見えた。
「お兄ちゃん、お名前は?」
莉世は青年に詰め寄った。
「きえっていうんだ。君は?」
「ぼくはね、りせ、っていうの。それからね」
莉世は桃太を指さした。
「桃太!」
そして次にこびわを指さした。
「こーちゃん!こーちゃんはね、こびわって言うんだよ」
「そうか、ありがとう」
莉世はニコリとうれしそうに笑った。
辺りは夕日に照らされて赤くなっていた。
「帰るか」
桃太は言った。
「うん!早くおうちに帰ろ」
莉世は桃太の元に駆け寄って小さな手で桃太の手を握った。
「おい、いつまで座ってるんだ。帰るぞ」
桃太は壁にもたれ掛かって座り込んでいるこびわに催促したが、こびわは動こうとしなかった。
「大丈夫?」
きえはこびわの前に歩み寄って手を差し出した。
こびわは少しためらうようにして、差し出された手を無視して自力で立ち上がった。
「帰ろっ!帰ろっ!」。
莉世は陽気に歌いだした。
4人は鍵が掛かった、あのボロボロのドアのある方へ向かったて歩いて行く。
「ここが家?」
ボロボロのドアを目の前にしてきえは聞いた。
「まぁ、見てたら分かる」
桃太は錆がかったドアノブに手をかけてゆっくりと回した。鍵はもう掛かっていない。
「忘れ物はないよな?」
桃太は聞いた。莉世、こびわ、きえは3人とも首を縦に振った。
桃太は勢いよく扉を引く。
するとすぐに見慣れた家具が目に飛び込んできた。
4人は先ほどまで居た街から、靴を履いたまま家の中に移っていたのだ。
背後で扉が閉まる音がした。
音のした方を見ると、そこには、黒々とした重たそうなテレビがあるだけだった。
きえは目を見開いて驚いている。
「ここが僕たちのおうちだよ。!」
莉世は自慢げに言った。
「すごいね、何が起こったのかぜんぜん分からなかったよ」
きえは感心して部屋を見渡した。
「こっち来て!」
莉世はきえのシャツの袖を引っ張った。
「ここがお風呂で、こっちがトイレ!」
莉世は家の中を案内し始めたので、桃太はそれについて回ることにした。
こびわだけが一人台所に残った。
3人は階段を登って2階へと向かった。
2階に上がると桃太は驚いた。
今朝までは2階には3部屋しかなかった。しかし、今は4部屋ある。
「ここがきえのお部屋!」
莉世は桃太の隣で、こびわの向かい側の部屋を指さした。
「僕の部屋まであるんだね」
「すごいでしょ!」
莉世はにんまりと笑った。それから1人で階段を駆け降りていった。
忙しい奴だな。桃太はその後ろ姿を見つめながらつくづく思った。
「変な世界だね」
きえは呟いた。
「同感だ」
「気づいたら知らない場所にいて、そしてドアを開けたらまた違う場所にいる。どういう原理なんだろう?」
「それがわかったら苦労しないな。とにかくこの世界で1回1回驚いていたらキリがないぞ」
「他にも何かあるの?」
「これから何かあるかもな」
「ずいぶん呑気だね」
「こういう性格だから仕方ないだろ」
きえは笑って階段を降りて行った。
疲れた、今夜はよく眠れそうだな。桃太は大きなあくびをしながら思った。