第1章【5】



夜が明けると朝がくる。それはこのへんてこな世界でも同じことだった。
桃太は昨日と同様莉世にたたき起こされ、こびわが作った朝食を食べた。唯一、昨日と違う点と言えばその場にきえが加わったことだけだ。
朝食を平らげ気分転換に、と桃太は外の空気を吸いに行くことにした。
一歩外に出るとふわっと煙草のにおいがした。
「おまえか」
桃太は座り込んで煙草をふかしているきえに目を向けた。
「あ、ごめん」
きえは煙草を口から離し、地面にこすりつけて火を消した。
「別に気にしないけどな」
桃太はそう言ってきえの隣に座った。
「良いんだ。吸いたくて吸ってたわけじゃないから」
「どういうことだ?」
桃太は怪訝な顔をした。
「いつも急に虚しくなって、埋め合わせのつもりで吸っているんだよ」
「どれくらい?」
「あんまり吸わないよ。いつもこれくらい」
きえは吸い殻を指さした。それは3分の2も減ってない。
「ほんとに少しだな」
「こうやって10箱は消費したかな」
「我慢すればいいだろ」
「我慢できればそれが一番なんだけどどうしてもそれができないんだ」
会話はそこで途切れ、きえはきれいな長い指でくるくると吸い殻をいじりはじめた。
桃太はちらっと横目できえを見た。
Yシャツのボタンが1個ずれていて、後ろ髪に寝癖が付いている。黒くて短い髪の毛の束がぴょんっと芽のように立っていた。その芽は風が吹くとふわふわと揺れた。
しばらくそれを眺めていると家の中から莉世とこびわの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。どうやら鬼ごっこでもしているらしい、ドタバタと走り回る音も聞こえる。
こびわは自分やきえの前であんなに楽しそうに笑うことはない、自分らに対する態度と莉世に対する態度は全く違う。
自分やきえにはとても冷たいが莉世に対しては穏やかでとても優しい。桃太はうっすらとそれを感じていた。
「2人とも楽しそうだね」
きえが声を漏らした。
「ほんとだな」
どうやらきえはこびわのことを少し気にしているようだった。
「気にしてるのか」
桃太はさりげなく聞いた。
「少しね。桃太は?」
「そこまで気にならない」
相手がどんな態度を取ろうが正直どうでも良いと桃太は思っていた。あっちがその気ならこっちから特に干渉する気は全くない。だから桃太にとってこびわが冷たい態度をとることはどうでも良いことなのだ。
「ほんと暢気だね、桃太は」
「ボタン掛け違うようなやつに言われてもな」
えっときえは驚いてシャツの襟元を確認した。
「ほんとだ、気づかなかった」
「あと寝癖も付いてる」
きえは照れて笑った。
「身なりには無頓着なんだよね」
直してくる、ときえは立ち上がった。
「おう」
桃太は頷いてひらひらと手を振り家に入っていくきえを見送った。
しばらく一人でぼんやりしていると不意に桃太の視界にポストが入り込んできた。
桃太は誘われるようにポストに近づき中を確認した。そこには白い封筒が入っている。桃太はそれを取り出し、乱雑に封を切った。
封筒に入っていた丁寧に折り畳まれた白い紙を開いてみると面白味のない文字が並んでいた。
「仲間を探せ」
桃太はその文字を読み上げた。
「仲間って何人居るんだ」
ぶつぶつと独り言を言いながら桃太は家の中へと入っていった。
リビングに戻ると真っ先に莉世が駆け寄ってきた。
「桃太、桃太!またね、ドアが出てきたんだよ!」
莉世は興奮気味に桃太に訴えかけた。
昨日と同様、本来あるべき場所ではない場所に扉が立っていた。
だがその扉は昨日のアンティーク調の扉ではない。いま目の前にあるものはパステルピンクのペンキが塗られたやけにポップな扉だった。
大きめの丸みを帯びたドアノブは黄色で塗られており、それには「OPEN!!」と書かれたプレートがぶら下がっていた。
「これ、どうやって出てきた」
桃太はソファに悠々と腰掛けているきえに尋ねた。実は昨日から扉がどうやって出現したのかとても気になっていたのだ。
「そうだね」
きえは顎に手をやってなんと答えようか少し考えた。そしてきえが導き出した答えはこうだった、『瞬きしたらいつの間にかあった』。
「扉が出てきた瞬間は見てないんだ」
きえは言った。
「おまえらは見たか?」
桃太はこびわ莉世に尋ねが2人とも首を横に振った。桃太は少し肩を落とした。
「それ、またポストに入ってたの?」
こびわは桃太の手に握られている手紙を指さした。
「ん、そうだ」
桃太はみんなに見えるよう紙を広げて見せた。
「なんて書いてあるの?」
莉世はまだ字が読めないらしい、きょとんと桃太を見上げた。
「仲間を探してくださいって書いてあるのよ」
こびわは言った。
「仲間!」
その言葉を聞いて莉世の顔が一気に明るくなった。そして目を爛々と輝かせて玄関へ走り、4人分の靴を抱えて戻ってきた。
莉世はこびわときえにそれぞれ靴を渡し、最後に桃太に靴を手渡した。
「はい、これ桃太の!」
「どうも」
桃太は靴を受け取ったがそれを履こうとしない。
「桃太、お靴、履かないの?」
莉世は首を傾げた。
この場所に来てから変なことだらけでとても疲れた。だから今回は家で留守番しよう、と桃太は考えていたのだ。
「今回は」
桃太が言いかけた途端、背後から突風が襲ってきた。あまりにも突然の出来事に桃太は目を見開いた。
「どうかした?」
「どうかしたって、いま」
きえの問いに答えようとしたが桃太は驚きのあまり言葉がうまく出せなかった。こびわも莉世も不思議そうに桃太を見つめる。どうらや3人はさきほどの突風に気づいていないらしい。
あの突風は桃太だけに向けられたものだったようだ。
「行けと言うことか」
桃太はぼそりと呟いて靴を履いた。
「さっさと見つけて早く帰るぞ」
ドアノブを回して扉を開いた。開いたところから徐々に光りが差し込み、4人は一気に光りに包まれた。
その光りがあまりにもまぶしくて桃太は目を瞑った。

どこからともなく軽快な音楽とこども達の笑い声が聞こえくる。
桃太はおそるおそる目を開けた。
その場所では真っ青な空を背景に水車のような巨大な輪っかがゆっくりと回っていて、その右隣では上下左右に曲がりくねったレールの上を列車がものすごいスピードで走っている。巨大な輪の左下では木馬や馬車が上下に揺れながらくるくると回っていた。それらは紛れもなく観覧車、ジェットコースター、メリーゴーランドだった。
「遊園地だ!」
わあっと莉世は歓声を上げた。遊園地では莉世と同じ歳くらいのこども達がたくさん遊び回っている。
「僕も遊びたいな」
莉世は桃太のジャージの裾を掴んでねだった。
「先に用を済ませてからな」
桃太がその頼みをあっさり振り切る。莉世は下を向いて頬を膨らませた。
「いいじゃないちょっとくらい」
こびわは莉世の肩を持った。
「そんなことしてたら遅くなるだろ」
桃太はあからさまに嫌そうな顔をしてみた。
「1、2こ乗るだけ。ね、莉世」
「うん!僕、約束する!」
莉世は何度も頷き、らんらんと目を光らせ桃太を見上げた。
桃太はそのまなざしに負けた。仕方なく許可することにした。
「わかった、少しだけな」
「ほんとに良いの?」
「良いからはやく行け」
「桃太、ありがとう!」
莉世は満面の笑みで桃太に抱きついた。
「どれに乗りたい?」
こびわは腰を屈めて莉世に聞く。
「僕ね、あれに乗りたい!」
莉世は前方に見える観覧車を指さした。
「観覧車か、いこうか」
「うん!」
莉世とこびわは手をつないで観覧車めがけて走り出した。



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