第2章【1-1】



「お待ちしていました。さあ中へどうぞ」
扉の先で待ちうけていたのは栗色の髪の青年だった。

それはついさっきまでの出来事だ。
今までそうしていたのと同様に桃太はポストから封筒を取った。ここまでは前回までと同じ流れだ。しかし手紙の内容も今までと一緒、というわけではなかった。
『捕まえろ』
差出人不明の手紙の内容、つまり桃太たちに与えられた指令はたった4文字。「何を」だとか「どうやって」などといった具体的なことは相変わらず記されていない。
この指令が指しているものは一体なんだろう。6人は様々な繰り広げてみた。しかし結局行ってみないとわからないという結果に終わってしまった。そして扉と言うより重い鉄製の檻の入り口のような扉を引き、その青年に出会った。

「噂で聞きましたよ、つい先日も警察が手に負えない事件を解決に導いたって。そんな優秀な探偵団に手を貸していただけるなんて、ありがたいです。恥ずかしながらこの事件は僕たちじゃもうお手上げでして、でもみなさんの力があれば鬼に金棒ですね」
青年は桃太たちを煉瓦造りの建物に招き入れ、片時も言葉を切らすことなくしゃべり続けた。
「そうえいば申し遅れましたが僕はコスタリカと言います、コスって呼んでください」
6人はコスタリカと名乗る青年に広い応接間まで案内されソファに座った。コスタリカは上の者を呼んでくるからしばらくここで待っているようにと言い残し去っていった。
「おい、どういうことだ」
ランカはぐいっと身を前に乗り出し、部屋から声が漏れないよう小声で言った。
「探偵団って私たちのことよね」
「というかここどこ?」
こびわ、ミナカと疑問を口にする。
「僕たちは探偵団ってことになっているみたいだね、それも実力のある」
きえは仮説を立てた、それはこうだ。『コスタリカという青年はおそらく警察官で、この洒落た建物は警察署だろう。ここでは何かやっかいな事件が勃発しており、自分たちはそれを解決するために招かれた探偵団という設定になっている』
そうなるとあの指令はその事件の犯人を「捕まえろ」ということになる。
話がまとまったところでドアが開いた。入ってきたのはコスタリカと彼の上司だ。
「お待たせしました。こちらは今回の事件で捜査班長を務めているティーチフェルトさんです」
はじめまして、とティーチフェルトは会釈した。口の周りに生えた髭が特徴的な男だ。おそらく歳は40代半ばといったところだろう。
「ではさっそくですが依頼の件についてお話させていただきます。今回僕たちがみなさんに協力を要請した事件は連続女性暴行事件です。被害にあった女性は現時点で6名、最初の犯行は3ヶ月前被害者が駅から自宅に帰宅する途中に襲われました」
コスタリカは街の地図を指さしながら説明をした。
「被害者は吸引麻酔剤で意識を失っている間にどこかの建物に運ばれ、そこで暴行をうけています」
「殺されちゃったの?」
話の途中でミナカは聞く。
「いえ、殺害まではされていません。暴行が終わった後は四肢を縄で縛られ、この街の中心にある噴水公園のベンチに置き去りにされています」
「被害者は全員21:00から24:00の間に駅を発ちそれから犯人に襲われている。だから我々はその時間帯に集められるだけの警官を巡回させているが、それにもかかわらず事件は起きる」
ティーチフェルトは一息つき言葉を続ける。
「そこで我々は名探偵に協力をお願いしたわけだ」
「犯人の特徴とか手がかりになるもんはないのか」
ランカは尋ねた。それに対しコスタリカは首を振る。
「被害者は目隠しをされていたので犯人の容姿については何もわかっていません。ただ一つだけ、これは僕たちの憶測ですが犯人は独身の男性だと考えています」
「置き去りにされた被害者のそばにロマルスが置いてあったんだ」
「何ですかそれ?」
ミナカは首を傾げた。桃太もほかの者も「ロマルス」という言葉を初めて耳にした。
「この街に代々伝わるお面のことですよ」
コスタリカによるとロマルスは求愛や婚約、誕生日などの祝い事の際に男が女に贈る木彫りのお面のことらしい。
「おそらく犯人は何度も女性に振られ、その腹いせに女性を暴行しているのではないかと推測しています」
「そんなことあり得るか?」
ランカは呆れるように言った。
「あり得るかもしれないわ。犯罪なんて大体が私欲の塊だもの」
「その通り」
ティーチフェルトは賞賛の拍手をこびわに贈る。
「君はよくわかっている。さすが犯人探しのプロだ」
ティーチフェルトの発言が気に食わなかったようだ、こびわはあからさまにティーチフェルトから目をそらした。
「事件の概略はこの通りだ、悪いが私は仕事があるのでここで失礼させていただこう。後のことはコス、任せるよ」
「了解です」
コスタリカはティーチフェルトに向け敬礼をする。敬礼された側はそのまま部屋から出ていった。
「僕たちはこれからどうすればいいの?」
「皆さんには今夜の巡回に参加していただきます。巡回は20:00からなので30分前にこちらに着ていただければ問題有りません」
現時点で時計は14:15を指している。ということは5時間と15分余暇がある。
「ぼく、お外に行きたいな」
莉世は窓から外を指さした。
莉世が話の最中、何度も窓を見ていたことを桃太は知っている。きっと莉世はここに来て自分たちがしなければいけないことをわかっていないだろう。
「それなら僕に任せてください。皆さんにマリンダを案内することが僕の午後の仕事ですからね」
コスタリカはやる気満々といった感じで微笑んだ。
こうして桃太たちはコスタリカに導かれ初めて訪れる街、マリンダへ繰り出すことになる。
一同はまず被害者が置き去りにされたという噴水公園に向かうことにした。

クリーム色の石畳の道を間に赤茶の四角い建物がずらりと並んでいる。建物はどれも同じ造りをしていた。きれいに花を植え付けられたプランタがあちらこちらに見られる以外、特に変わったものはない質素な街だ。
桃太は町並みを楽しむことはせず案内人の頭部をずっと見ていた。くせっ毛のある栗色の髪は歩く度にふわふわと揺れ動いていた。
コスタリカはおしゃべりな男だ。マリンダは草花で満ちあふれていて自分はそこが好きだとか、月に1回は自然に感謝を捧げる礼拝があるだとか、ティーチフェルトは一家代々警察官であるということ、最近は若者がどんどんこの街を去っているが自分は死ぬまでマリンダに住み続けるなど途切れることなく話をする。
コスタリカにあまりにも多くのことを聞かされたせいか、桃太はもうずっと前からこの街に住んでいるような気分になった。
「こーちゃん、お腹いたいの?」
もう少しで目的地に到着するというところで突然莉世は言った。
「そんなことないわよ」
聞かれたこびわは焦ったように首を振る。
「でも、こーちゃん元気ない」
「きっとコス君がうるさいからだよ」
ミナカは冗談混じりに言った。だがコスタリカはそれを真に受け慌てた。
「すいません、僕いつもしゃべりすぎてしまって」
「コスのせいじゃないから大丈夫よ」
こびわは笑ってみせた。まるでこの話をなかったことにしようとしている感じだった。
「ねえねえ、なんか良い匂いしてこない?」
いつからだろう、確かにミナカの言うとおりどこからともなく甘ったるい匂いが辺り一面に広がっていた。
「何の匂い?」
「それは公園に入ったらわかりますよ」
コスタリカは簡単に答えを教えてくれない。
答えを秘密にされたまま目的地にたどり着いた。噴水公園は生け垣で囲まれていた。要するにこの場所は死角になっているのだ。
白い門をくぐり公園に入った。敷地の中央には天に向かって高々と伸びる水の柱を作り出す大きな噴水がある。その周囲を白塗りの木製ベンチが囲み、公園の至る所には色とりどりの花が詰まった花壇がある。
「あれだ!」
ミナカは公園の角に停められたピンク色の派手なワゴンを指さした。
「正解です。あれはマリンダで一番人気のアイスクリームですよ」
「アイスクリーム」と聞いて女3人は目の輝かせた。コスタリカはその姿にくすっと笑うと店へ駆けていき3つのカップを抱えて戻ってきた。
「僕からのささやかなプレゼントです、召し上がってください」
アイスクリームの甘い香りと花のやさしい香りは、人がいない寂しい公園を少しだけ華やかにした。



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